焼酎と拳銃

 平成19年2月

 

仕事から帰り、食卓に 「ドーン」 と居座って

ゆうに360mLは入る透明の大き目のグラスに

芋焼酎を1/3ほどそそぎ、その上から沸騰した熱湯をそそぐ、

当然グラスは熱く、持てないので

濡れタオルでグラスを巻いて、冷ましつつ

「フー、フー」 しながら、ちびり、ちびりやる(飲む)。

 

肉体は一秒でも早く焼酎を欲しているのに、熱くて飲めない

いらだちのなか、おあづけを食った犬の如く、

冷めるのを一心に待つのである。

 

どうせ、冷ますのなら熱湯でなく、適当な温度の湯を

注げばいいようなものだけど、そこが、違うのである。

 

しばらくすると、お湯割の焼酎が本当に自分にあった

最適の温度になるのである。温度計で測ったわけでもないが、

その温度は1℃高くても1℃低くてもいけない。

自分にあった最適の温度を、手の感覚と舌が覚えていて

「今だ!」 という瞬間がくる。この時間は30秒と続かない

ので、この一瞬にグラスの焼酎を一気に飲み干す。

芋の香りもすばらしく、最高の一瞬である。

 

これを3回も繰り返せば、気分は最高で、浮世の憂さなんか

吹っ飛んでしまうのである。

 

ある日、いつものようにグラスに濡れタオルを巻きながら、

あわただしく、夕食をし、また、朝、読み切れなかった新聞を

見ながら、半分は、TVのトーク番組を観ていると

いつものように家内が横から、今日起こった我が家のニュース

を語りかけてくる。私は、芋焼酎の温度管理や、新聞の活字に

忙しいのにそんなこと、関係なしに一方的に聞かされるのである。

 

家内にしてみれば、主人が外で7人の敵と闘って、ボロボロに

なって帰ってきたことなどおかまいなしで、良い聞き手が帰ってきた

とばかりに、機関銃のごとくまくし立てる。

 

「今日、久しぶりに山田さんのおばあーちゃんのとこへ行ったの」

目で新聞の活字を追い、耳はTVに注目し、手と舌は芋焼酎の温度

に五感を集中させつつ、

「へー、元気だった?」 とあいずちをうつ。

「おじいちゃんが入院して、家のかたずけを頼まれたの」

「あ、そー」

「金庫の中におじいちゃんが大事なもの隠していて・・・。」

「・・・・」

「ごみに出すわけにも行かず、処分してほしいって、頼まれたの」

と、いいながら彼女は古新聞にくるまれたものを差し出した。

 

話なんか上の空で聞いていたが、とにかく差し出された包みを

左手で受け取った。

日焼けした、古びた新聞紙にくるまれたそのものは、意外と重く

うわの空で、気軽に受け取ろうとした手から、

あやうくすべり落ちそうになった。

「ヒ!」 として、受けなおした。

先ほどまでの、いいかげんな受け答えではなく

「なんだろう、これは?」 と、気が集中した。

 

包みを慎重にかつ、大事なものを扱うように開けてみた。

「なんじゃ! これは!」

中から出てきたのは、なんと拳銃ではないか。

 

「山田さんのおじいちゃん、用心のため、金庫の中にピストルを

隠していたらしいの」

拳銃はリボルバー式のもので、いかにも古めかしく、山田さんの

おじいちゃんが隠し持っていたのであろうと思えた。

 

「これは、えらいことになったゾ」

銃はさわってしまったから指紋もついただろうし、こんなもの

不燃ゴミの日にでも出したら大騒ぎになる。

 

「住宅街で、拳銃捨てられる。」

「捨てたのは平凡なサラリーマン」

「平凡なサラリーマンが実は殺し屋」

「CIAの隠れ諜報員」

 

「あの人は、やはり普通の人ではなかったのですネ、

服装は派手だし、行動も奇抜で、なんかおかしいと思っていた。」

週刊誌の記事のタイトルや近所の人のコメントまでが

一瞬のうちに頭の中を駆け巡った。

 

モデルガンであってくれ と思いつつあまりにもリアルなので、

銃口が怖くてのぞけない。横からレンコン(弾倉)をのぞいたら、

弾が装てんされているのが見える。

冷や汗が出、わきの下から汗が滴り落ちている。

親戚に警察OBがいるので、電話で相談しようとした。

「おじさんも、真面目に勤め終えたのに、いまさらこんな相談

したら、いやがるだろうな」

「とにかく、装てんされている弾を抜いて、安全にしよう。」

 

アメリカに行ったとき友人のチャックの家で、

いろんな銃器を見せてもらい

扱い方や、安全について教えてもらったことを

必死に思い出そうとした。

 

まず、銃口を誰も居ない方に向け身体をそれにあわせてずらす。

(暴発しても被害が最小限ですむように)

「おっと、こっちは食器棚があり、大事な食器類やお宝が入っている。」

 

あっちこっちに銃口を向け、暴発して壁に当たって反射しても大丈夫な

方向に向けた。

彼女は、そんなことおかまいなしに、TVに熱中している。

 

弾倉のサイドキャップをずらして、リジェクトロッドを押して

1発目を抜き取った。

弾は薬莢ごとはずれ、「コトン」とテーブル上に転がった。

 

この拳銃はかって西部を制覇したと言われている

コルトSAAで、別名 “ピースメーカー”と呼ばれていた。

銃身の長さがいろいろなものが作られ

この銃は120mmなので、43/4インチのシビリアンサイズ

と呼ばれるものである。

シングルアクション(ゲキ鉄を起こして、引き金を引くタイプ)のみで、

安全装置はない。

 

口径は45(45/100インチ=11.43mm)で、

ベレッタなんかの9mm弾より殺傷力は一段と強い。

至近距離でも、9mm弾では2発連射しなければ致命傷を与えられないところ

こいつだと、一発で仕留めることが出来る。

 

次がたいへんである。

安全装置のない拳銃なので、ゲキ鉄を起こせば、いつ暴発するかもしれない。

額の上に冷や汗が吹き出るように出てきた。左手で銃身を押さえて、右手

の親指でゲキ鉄を起こした。

「カチッ」という音とともに弾倉が1/6回転廻った。緊張の一瞬である。

左手の親指をゲキ鉄と銃の間に差し込み、暴発を防止した。

 

リジェクトロッドを押して2発目を抜き取った。

同じく、「コトン」と言う音とともに、弾はテーブル上にころがった。

 

長く生きていると、時には殺したくなるやつも出てくるものである。

特にサラリーマンであれば上司や協力してくれない同僚、憎たらしい客先の

人もこのピースメーカーで1発撃てば、どのくらいすっきりすること

だろうか。

弾は6発ある。日頃これはと思う人物をリストアップし、その内から

6人を慎重に選ばなければならない。人選に迷ったら、サイコロでも使うか。

 

ゲキ鉄を押さえながらトリガ(引き金)を引き、リセットした。それから、

再度、ゲキ鉄を起して弾倉を廻し、3発目を抜き取った。

 

そういえば、最近、腹の立つことがある。

電車に乗ると、混んでいるにもかかわらず、シートに座っている乗客が

ゆったりと隙間を空けて座っており、つめればあと何人かが座れるのに

おかまいなしで、ゆづろうとしない態度である。

これは、老若男女、問わずである。

少し前までこのようなことはなかった。もう少し前にさかのぼると、

満員電車で座っている乗客が立っている乗客の荷物を持ってくれた。

うつくしい日本、

思いやりのある日本人の心は何処へ行ってしまったのか。

 

混んでいる車内で、ゆづりもせず、ゆったり座っている乗客には

このピースメーカを一発おみまいするべきである。

座席一列を機関銃で一掃したくなることもある。

 

慎重に4発目を抜き取った。ここまでくると作業にもなれ、

つづいて5発目、6発目も抜き取った。

転がり出た弾丸を、先にでた弾丸と共に、

テーブルの右端にまとめた。

 

殺したい人間といえば、身近には女房がいる。

2、3年に一度ぐらいの割合いで大喧嘩する。

時には一週間ぐらい続くこともあり、

どちらからもあやまらず、長引くのである。

立ち直れないほどの 「とどめの一言」 をあびせられ、

すごすごと部屋の隅で小さくなっていたり、

そっと、家をみじめに出てゆくのである。

このときなど、ピースメーカさえあれば、

平和を築くことができるはずである。

 

最後にでてきた弾丸は、落ちたショックで弾と薬莢が外れた。

薬莢の中を覗いてみると火薬らしきものが底にへばりついている。

時間が経ちすぎて、火薬が風邪を引いてしまったようである。

よく観察すると、これがなにか ちゃちぽい のである。

 

拳銃の弾倉からはすべての弾丸を抜いたので、安全である。

拳銃をいろいろ操作してみて、

よく出来た、精巧なモデルガンであることがわかった。

 

「なんだ、モデルガンじゃないか。」

「山田さんのおじいちゃん、おもちゃで泥棒と闘うつもりだったのね。」

 

緊張で、体中、汗をかいており、焼酎もすっかり冷めてしまって、

まずくて飲めない。

今夜は、なにか悪酔いしそうな気がする。

風呂にはいって、早く寝て、可愛い女の子の夢でも見よう。

こんな夜は、テンガロンハットに皮のブーツを履いた、

カラミティー・ジェーンならぬ、女房が夢の中に現れ、

拳銃をぶっ放して、大暴れされるのではないか、

「おー怖!」

「とにかく、はよ寝よ!」

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